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【インタビュー】漫画原作者に聞く! 第3回『江川と西本』『チェイサー』森高夕次/コージィ城倉氏(その1)

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漫画好きの方なら、よく目にしているかもしれない「漫画原作者」という文字。
でも、その「漫画原作者」が、実際にどういう事をしているのかを知っている人は少ないのでは......?
そこで、コミスンでは、著名な漫画原作者に直接、
「漫画原作者ってどんな職業なんですか?」
「漫画原作には何が書かれているのですか?」
「どうやったら、漫画原作者になれるのでしょうか?」
といった、素朴な疑問をぶつけてみることにしました!

第3回は、「漫画原作者」として「ビッグコミックスペリオール」で50年代のジャイアンツで活躍した名投手たちの青春を描く野球漫画『江川と西本』(画・星野泰視)を連載中の森高夕次氏! 森高氏は同時に「漫画家」コージィ城倉として、同じ「スペリオール」に手塚治虫をライバル視する漫画家が主人公のマンガ家漫画『チェイサー』を連載中! 「モーニング」(講談社)連載の『グラゼニ』のアニメ化も話題の森高氏に、漫画家でありながら漫画原作者でもあるということはどういうことなのか、お話を伺ってきました。
漫画家、漫画原作者、漫画編集者、すべての漫画に関わる方、漫画好きの方、必読のインタビューです!



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『江川と西本』(作・森高夕次・画・星野泰視)


 あいつが、負ければいい――
 栄光の巨人軍を支えた大投手――
 「怪物」・江川卓と「雑草」・西本聖。
 二人の壮絶な"戦い"の始まりは高校時代へと遡る......
 プロ野球史に燦然と輝く最強のライバル伝説、開幕――!!
 帯には何と国民的英雄・長嶋茂雄氏から推薦コメントが!!!



「いつか編集者を見返してやる」と思っていました


――森高夕次先生は、漫画家としてデビューされていますが、漫画家になるまでのお話をお聞かせいただけますでしょうか。


僕は物を作って生きていきたいという欲求が強かったんです。漫画家になる前はデザインの専門学校を出て、グラフィックデザイナーをしていたんですが、25歳の時、勤めていた会社が潰れそうになって「やばい、何とかしないと!」と強烈に考えたんです。当時、いわゆる「ヘタウマ漫画」という、上手いんだか下手なんだかわからない漫画が流行っていて。「これくらいなら自分でも描けるんじゃないか」と思って、自分で漫画を描き始めたんです。


――漫画家になりたい思い立ってから、どのような修行をされましたか?


なんとなく絵心があって、「お前は絵がうまいな」とか言われていまたし、子どもの頃から『漫画の描き方』といった本を読んできていたので、漫画の原稿用紙を買って、とにかく描いてみたんです。当時、住んでいたワンルームマンションには机なんてないので、ベッドの布団を取って、ベッドの板の上で、原稿を16ページ、漫画用のペンではなく、サインペンで描き上げました。
デザインの仕事をしていたから、印刷や出版の現場のこともわかるし、絵が上手くなくても、アイデアはありましたので、なんとかなるんじゃないかと思って、その原稿を小学館の「ビッグコミックスピリッツ」に持ち込んだのですが、担当になったある編集者にケチョンケチョンにダメ出しされたんです。


――ショックでしたか?


やはり自分の考えは甘かったんだな、と痛感しまして、「じゃあ編集者を見返して、いつかギャフンと言わせてやる」と、そこから逆に火が点きましたね。「また次を持ってきなよ」って言われたので、その後、何度もネームを描いて持っていきました。ところが、しばらくしたら、担当さんから電話がかかってきたんです。一番最初にサインペン描いて、担当さんにケチョンケチョンに言われた作品が「佳作になったから、あれ」って。担当さんからは「一応、スピリッツの賞に回しとくよ」と言われてたんだけど、さんざん貶された作品ですから。「担当さん、言ってることと、全然ちがうじゃない!」って(笑)。 

それが第二回のスピリッツ賞で佳作に入ったんです。僕より上の賞は受賞者なしだったんで、その回は僕が一番上でした。当初は名前が発表されるだけの予定だったんですが、それでもそれまでの人生で一番というくらい、嬉しかった。ところが、ある先生が、たまたま原稿を落としまして、僕のその作品が代わりに掲載されることになったんです。
25歳で初めて描いたサインペンの漫画が、持ち込みから2ヶ月後にはスピリッツに掲載されて、デビューできることになったので、「これはいけるんじゃないか」と思いました(笑)。でも、後々考えてみると、僕の歴代のアシスタントとか、何年がんばっても、なかなか雑誌には掲載してもらえない人もいっぱいいることが後々わかってきまして、やっぱり「運」というのも大きいんだろうなと思いました。

あと、まじめなことを言えば、漫画家を目指すというのは、最初についた「担当編集者との戦い」だと思うんです。僕は、体育会系で育ったのでメンタルが強いほうだった。めげない性格で「根性」だけはあったと思うんですよ。担当にケチョンケチョンに貶されるまでは、「絶対漫画家になりたい」という気持ちはそこまで強くなかった。25歳でいきなりその世界に叩き込まれて、その瞬間から「ここまで言われたら、絶対にこの編集者を見返してやる!」「負けてたまるか! 漫画家として世の中に出てやる!」という根性が自然に湧いてきたんです。その瞬間から、漫画家を目指して、昼間はサラリーマンをしながら、夜に漫画を描くという修行の日々が始まったんです。


作家になれる人となれない人の差とは?


――《運》以外に、漫画家や漫画原作者になるために必要なのは何でしょうか?


以前、ある編集者に「漫画の《エリート》とうのは、どういう人なんでしょうね」って聞いたら、こう言ったんです。
「賞を取って、次の作品を送ってくる人。それがまず《エリート》なんですよ」。
ほとんどの人は、賞を取っても《二度目》を送ってこない。ネームも持ってこない。二度目にネームを持って来たら、それだけで《エリート》なんです。ところが、作品を持ってきても、そこで担当に「面白くない」と貶されたら、二度と来なくなってしまう人もいる。簡単にいうと、「根性」がある奴が《エリート》ということなんですね。どこかの漫画家のアシスタントになった人は、それは《超エリート》ですよ。漫画のアシスタントになろうと行動した人は、その段階で、もうすごい根性の持ち主だから。


「漫画原作者」になったきっかけ


――漫画家として、ずっと作品を描いてこられたわけですが、「漫画原作」をやってみようと思われたのはどういうきっかけだったんですか?


僕は、「原作者タイプ」とでもいいますか、描きたいアイデアはたくさんあるんだけど、絵を描くのが遅くて、描くのがつらいタイプ。だから、自分が考えたアイデアを誰かに漫画に描いてもらうことに対して全く抵抗がないんです。1995年ごろだと思うんですが、ヤングサンデーの編集者に「自分の描いたネームを、誰か別の漫画家に描いてもらってもいい」と提案したら、2ヶ月に1回、ヤングサンデーの増刊号でページをとってくれたんです。「あ...これってひとつのスタイルなのかな」と思いましたね。


――当時、そういうネーム原作というのはあまりなかったのでしょうか。


 今では「ネーム原作」の賞まであるくらい、漫画界で広まっているようですが、当時は少なかったと思うんです。このスタイルは95年くらいからだから、早い方だとは思います。もう20年くらいこんなスタイルです。「ネーム原作」というものを、日本で誰が最初にやったのかはわからないのですが、週刊少年ジャンプの『地獄先生ぬ~べ~』の真倉翔さんとかは、僕よりもずっと早くネーム原作のスタイルをおやりになっていたのではないかな...と。


漫画のネーム拝見!


――それでは、さっそく「ネーム原作」を見せていただけませんか?


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『江川と西本』第70話1ページ目
(ビッグコミックスペリオール2018年6月8日号、作/森高夕次 画/星野泰視)


――ネーム自体は早く描けるのですか?


アイデアはあるし、ネームを描くのは鉛筆でノートに描くだけでいいわけだから、ネームは早いですね。


――けっこう表情なども描きこんでおられるのですね。


そうですね。それなりに漫画家に伝わるようにしています。


――プロットは作らずに、いきなりネームから入られますか?


やらないですね。頭からネームで描きます。


――ネームはどれくらいのペースで描かれるんでしょうか?


僕は昼の朝11時から夜8時まで、アシスタントと一緒に漫画を描くんです。自分のネーム作業は、その後からですね。仕事場ではなく、喫茶店とかでネームを描くんですが、あんまり夜遅くまで出来ないので、1日で2、3枚しか進まない時もある。それだけでも、出来たら送っちゃう。貯金主義です(笑)。だから、一日4枚しかできなかったら、20枚描くのに5日かかる計算ですが、作画作業がなくてアシスタントが来ないという日には、朝からネームにかかれるので、1日で上がってしまう日もありますね。


――昔と比べて、ネームを描く上で変わったところはありますか?


若い頃に比べて、描くのが遅くなって、ネームに何日かかかるようになったんですが、逆に後半の方のストーリーを変えられるんですよね。勢いでバーっとやって一日で終わったとしても、実は結末が良くないかもしれない。何日もかけてやると、その作品と長く向き合えるので、ラストの何枚かを描く時には、もっと良い結末が描ける場合もあるし、何日もかけてやるというのは、一概に悪いことじゃないのかなと。


――勢いで描いた時よりも「練られる」ということですね。


そうそう。だから自分のネームとか、何回読むんだ、っていうくらい、すごく見返しますね。あと、今は昔よりネチネチと描くようになったかな。考証的なものとか、間違ったものを描いちゃいけないので昔より調べて描くようになりました。昔は勢い重視で、調べる必要がでてきそうなところはあえて避けて、簡単に出来る方法を選んでいたかもしれない。


――それは、ベテランになって、漫画家・原作者としての立ち位置が強くなったからなんでしょうか。


それはあると思います。自分は「漫画原作者」としても、売りを出していかないといけないので、作画家とは違う価値観を出していかないといけない。自分が原作として付く時は、その漫画家が1人で描く時よりも、「情報性」が入っていなきゃいけないと思うんです。それを漫画家が1人で描けてしまったら、僕の原作をつける意味がないわけですから。その付加価値をつけるためには、「情報性による差別化」だなと。『グラゼニ』を始めたあたりから、特にそう思うようになってきましたね。


読みやすさが一番大事


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『江川と西本』第70話2~3ページ目
(ビッグコミックスペリオール2018年6月8日号、作/森高夕次 画/星野泰視)


――先生の漫画は、非常に読みやすいと思うのですが、わかりやすさについて、心がけていることはありますか?


単純にコマ割りとか、構図とかの問題でいえば「読みやすさ」が一番ですね。僕は今の漫画って、読みにくくなってきていると思うんですよ。自分が子どもの頃に読んでいた漫画の方が、はるかに読みやすい。だから、今の漫画を参考書にするよりも、自分を育ててくれた漫画を参考にしてるようなとこがある。読者は、読みにくいとつらいと思うんですが、今の漫画の流れとしては、「読み易さ」は二の次にしてるところがあるように思える。僕自身は老若男女、万人に読みやすいように描いているつもりなので、そうとってもらえるなら、嬉しいことですね。


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『江川と西本』第70話4~5ページ目
(ビッグコミックスペリオール2018年6月8日号、作/森高夕次 画/星野泰視)


――ネーム原作者と漫画家がうまくやっていくコツのようなものありますか?


僕が言うのは何なんだけど、ネーム原作は、原作者と漫画家のポジション、力関係が影響してくると思うんです。ある程度、原作者の方に強い発信力があって、信頼度が高ければ、漫画家との関係はうまくいくんじゃないかなと。でも、実績のない人がネーム原作を描いた場合、「こんなの使えないよ」「漫画家の先生にやり直してもらおう」と、編集者や漫画家によって自分の原作に手を加えられる可能性がある。文章の原作だったら、システム自体が違うから、作画家のアレンジは言わば当然だから割り切れる。そこがネーム原作と文章の原作の違いだと思うんです。
『江川と西本』に関して言えば、星野泰視さんが描いてくれることは、無上な幸せで、そこはすごくいい関係性なんです。自分も星野さんも作画に対する考え方の方向が一致しているので阿吽の呼吸ですね。


――作画家の方が内容を変えてしまうことはありますか?


僕の場合は、そういうストレスがあったら仕事をこなせないので、基本的にはネーム通りに描いてもらっていますね。ネームを2枚から3枚描いたら、すぐ送って、そのままペン入れしてもらうという形です。それが一番ストレスがなく上手くいくかなという気がします。とはいえ、完璧に100%ネーム通りでなくてもいいんです。自分でもし変えたいところがあれば、そこの判断は任せます、みたいな遊びの部分は残してるつもりです。


――作画家は先生が森高さんが指名されるのですか?


『江川と西本』では、僕が完全に星野泰視さんを希望しました。『グラゼニ』のアダチケイジ(足立金太郎)さんの場合は、編集部に「誰かいい人を推薦して」と言ったら、二人候補があがったんですが、編集部が推していた本命の人が辞退しちゃって、アダチケイジさんに決まった。でも、絵を見てみたら「本命の人より、ぜんぜんいいじゃん。何で最初にこっちじゃなかったの?」って(笑)。
作画家を決める時は編集部の「この人がいいんじゃないですか」という提案には、基本的には従う方向で行きます。作家のモチベーションとか、環境とか、編集部の方がいろいろわかっているだろうから、そっちの方がスムーズに行くと思いますので。成功するかどうかは、全部が全部、才能だけではないと思うんですよね。タイミングもありますし、漫画家が原作付きを描く場合は「原作付きでいいから、ぜひやりたいんです!」というモチベーションがないと、成立しないと思うんです。


ネーム原作者の立場


――漫画原作者、とくにネーム原作者になりたいと思っている方は、どういうふうな修練、心得ておくべきことはありますでしょうか。


昔、ある編集者に「漫画原作というのは、シナリオや文章で書いたものを、作画家がその頭で変換してネームにするというのが、原作と漫画家の関係性だと思う。だからネーム原作というのは違うんじゃないかな」と否定されたことがあるんです。漫画家はやっぱり絵を描くのが血みどろの作業なので、それは志が高い作業だと思うけど、ネーム原作だと、「絵が描けないのにネームだけで商売してもいいのか」と。


――そもそも「ネーム原作者」を漫画界として容認していいものなのか、という意見の人もいたということですね。


今は、雑誌も細分化されて作品も多くなりましたので、「漫画原作者」の需要は大きくなっていますが、漫画原作者だけで飯が食えている人っていうのは、そんなにいないと思うんです。いたとしても職業として長続きするのかどうかすごく疑問はあるんです。「漫画原作者」は梶原一騎先生や小池一夫先生のような人の活躍があって、職業として認知されてきたわけですが、彼らは、文学者を目指していたから、「漫画原作者だけど文学者に負けない」という気概を持って、原作を書いていた。だから、梶原一騎先生や小池一夫先生の文章による原作は、格調が高くて、文学者以上に文学っぽい。原作だけを集めて本になったり、生原稿を見ると芸術的で圧倒される。小池一夫先生が書いた『子連れ狼』の原作を、小島剛夕先生が描くと「こうなるんだ!」という感動は「文学ありき」だと思うんです。
文学で原作を書いている人は、シナリオライターにも小説家にもなれるかもしれないけど、その点、ネーム原作だと、下手な絵とコマ割りを描いたシロートが見たら落書きみたいなものに見えてしまうシロモノ。もちろん、漫画家だった人が、ある時から自分が漫画を描くのはあきらめて、アイデアがあるからネーム原作者になる、という流れもあると思います。そのパターンは実績があるから、仕事を任せる時に信頼度があります。「漫画家がネーム原作も描いています」というのと、「漫画家からネーム原作者に移行しました」という人の間には違いが大きいと思うし、「漫画が描けなくてネーム原作だけ」の人はさらに違いが大きい気がする。僕は「自分は漫画家である」という意識があるので、それを「免罪符」にして堂々としていられるから、やはり自分としては、ネーム原作者を続けてる以上は漫画家も続けていかなくちゃいけないという思いがある。ネーム原作だけで商売を成り立たせていくのは、まだまだ未知の世界、これからの世界だと思うんですよ。


――そもそも、漫画原作者という職業自体がわからりづらい職業ですね。


小説家になりたい人や、漫画家になりたい人はたくさんいますが、文章もダメ、絵もダメだから「漫画の原作者でもなろうかな」と、出版社に持ち込みをしてくるオジサンはいっぱいいると思うんです。僕の昔の会社の先輩もそんなこと言っていました(笑)。でも、まず漫画原作者にはなれないし、なれたとしても続けられない。
今、武論尊先生のように漫画原作だけでずっとやっていける人というのは本当に一握りなんです。原作者の中には、専門家とかスポーツ選手とかの名前のある人が「原作」とクレジットされていることもあります。その原作者がどの段階まで関わっているのかは、作品ごとにさまざまで、よくわからない。漫画における原作者というのは、永遠の謎なんですよね(笑)。でも、やはり「餅は餅屋」でマンガの感覚がわかってないとなかなか成立しないと思うんです。【その2へ続く】



漫画原作者に聞く! 森高夕次氏インタビュー [その1][その2]



(取材・構成:山科清春)


漫画原作者に聞く!バックナンバー
 漫画原作者に聞く! 第1回 リチャード・ウー(長崎尚志)
 漫画原作者に聞く! 第2回 河本ほむら


【2018/07/24】

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