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「24ページあればどんな物語でも描ける」――『機械仕掛けの愛』業田良家氏インタビュー!(前編)

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『機械仕掛けの愛』で、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門 優秀賞を受賞した業田良家氏。心に似た機能を持つロボットの愛情と葛藤、そして"人間"を描き出す短編オムニバスで感涙の嵐を呼ぶ、名手の秘密に迫る!



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――まずは文化庁メディア芸術祭マンガ部門、優秀賞おめでとうございます。


 うれしいですね。文化庁メディア芸術祭は、こちらから応募しないと審査もされないし受賞もしないわけですけど、2年前に担当編集者と相談して応募して以来、彼が応募し続けていたのは知りませんでした。アイドル誕生の裏話で、家族や友達が勝手にオーディションに応募したというパターンがありますが、それによく似ているなあと思いました(笑)。
 もうひとつうれしいのは、国立新美術館で自分の作品が展示される(2016年2月3日から)ということですね。国立新美術館には一度行きたいなと思いつつ、開館から9年近くたってしまいましたが、メディア芸術祭の受賞発表会という形で初めて入館するとは思ってもいませんでした。


――2013年の第17回手塚治虫文化賞 短編賞に続いて2度目の受賞ですね。


 手塚治虫文化賞のときはデビューから30年で、初めての受賞でした。そのときも思ったんですけど、編集者をはじめ、親戚、友達、みんながすごく喜んでくれているので、それがうれしいですね。
 今回は948作品の応募があって、そのなかの最後の5作品に残って、大賞じゃなかったけど優秀賞をいただいたわけですね。ほんとに毎回、ギリギリの状態でギリギリの打ち合わせをして、この漫画が描ければ死んでもいいという気持ちで描いています。もう57歳ですが、徹夜もしますし、50時間くらい寝ないで描いてたこともあります。白髪が増えます。一晩でめっきり老けます。でも、他の人もみんなそうやって必死で作ってるんですよね。そのなかで選ばれたのはすごく光栄だし、うれしく思っています。


――先日、審査員をされている新人コミック大賞の講評で「誰も考えたことのないものを描く気持ちでやってほしい」ということを書かれてましたよね。


 立派なことを言った直後の締め切りは不思議と苦しむことが多いので、なるべく言いたくないのですが(笑)、誰も考えたことがないことを考えなくちゃいけないというのは、常に目指しています。その理由のひとつは、自分はそんなに絵がうまくないと自覚しているので、アイディアのほうで素晴らしいものを出さないといけない、という気持ちが強くて。読者がお金と時間を使って僕の漫画を読むわけですから、それに見合うだけのものといったら、やっぱり誰も考えたことのないものを提示しないといけない。自分でも、時間を使って必死に徹夜しながら描くので、描く意味があるものを思いつくまでは描きたくないという想いがあって、それで締め切り守れないんですね(笑)。
 そういうことを32年間続けてきたわけですけど、マンガを描くことはずっと苦しかったですね。もちろん喜びもあるけど、苦しみのほうがずっと大きかった。でもこの2~3年、喜びのほうが上回りました。



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――どうして変わったんでしょう?


 以前は締め切りに間に合わなくて原稿を落とす恐怖が、ものすごく強かったんです。4コマを描くときもそうだったんだけど、4コマは絶対落とさないなという自信がついたのは10年くらい前ですね。ストーリーマンガのほうも、落とす恐怖は強く続いているけど、それをクリアしかけてるのかなあと。恐怖感がかなり消えました。
 もうひとつは、短編マンガの作り方っていうのが、かなりわかってきた。『機械仕掛けの愛』はもう30話くらい描いたわけだけど、間違いなくしっかり作れるという自信がついたからでしょうね。だからアイディアを考えるのが昔より楽しくなった。この年になって、やっと短編を作るテクニックを手にできたのかなと。


――わ、それは聞きたい。


 『機械仕掛けの愛』より前の短編集、たとえば『ゴーダ哲学堂』(1998年~2002年)のときはまさに手探りで、毎回「1から初めて、2で終わる」みたいなことをずっと続けてきた。その訓練もあると思うんだけど、今となっては「24ページあればどんな物語でも描ける」というような自信がつきましたね。そのコツがあるかといえば、あると思いますよ。登場人物は少ないほうがいいとか、主人公は冒頭に絶対出さなくちゃいけないとか、その冒頭のエピソードは最後で必ず回収しなくちゃいけないとか。で、一番最初のシーンを回収すれば、だいたいまとまった感じになる(笑)。そういうテクニックは描いてるうちにつかみましたね。だけどあんまりテクニックに走ると自分もつまんないし読者も気づくはずだから、そのへんを注意しながら、新しいやり方を開発していかなくちゃいけない。


――毎回、ラスト2ページあたりの盛り上がりが秀逸だと思います。


 最初に考えたネーム(ラフ)とは、全然違うものになることが多いんです。最初のネームをもとに編集者と打ち合わせして、ここがちょっと足りないとかズレてるとか指摘を受けて、改めて考え直して、全体を描き直す。それでもまだしっくりこないから、前半を描き進めながら最後の1ページだけを作り直す......ってことを毎回のようにやっています。だからオチの部分のダメ出しはすごく重要ですよ。
 まず最初に自分で考えたオチがありますよね。もちろん自分が言いたかったことに左右されて描いてしまうんだけど、それではうまくいかないというか、物語にならないことがけっこう多い。そのときは自分の考えを捨てるべきなんですよね。自分の考えを捨てて、自分が言いたいことではなくて、このキャラクターと物語と設定が言いたいことはなんだったのか、というふうに考え直すんです。僕個人の考えじゃなくて、普遍的なものが考えたことを描いたほうが良くなるし、描かざるを得ない。だから、自分を捨てて普遍的なものに合わせる。


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――普遍的なものというのは、神のような? それとも読者が求めていること?


 「道理」という言葉に近いかな。僕自身も、物語を描くことで道理に気づくんです。


――ストーリーがたどり着くべき道理?


 そうそう。いったんはオチまで描いてしまったけれど、この物語が示している道理は僕の考えていたことじゃないと気づいて、それを描いたほうがいい作品になるということにも、また気づく。
 近ごろは毎回のように、僕が最初に考えていた終わり方とは違う終わり方をしています。それはやっぱりいま言ったように、自分のエゴじゃなくて、普遍的な......「ロゴス」という言葉が一番合う気がするね。論理とか言葉とか真理とか訳されるけど、そのロゴスに合わせるしかない。普遍的な道理に、論理に合わせなくちゃいけない。その道理のほうが僕の考えより正しかったし、こんなふうに話を閉じるしかないなと、自分が描くときに気づく。それがものすごく面白い。


――道理が、新しいことに気づかせてくれている。


 自分を捨てるというか、自分のエゴを捨てたところに、本当に面白い物語があるような気がするね。


――2年前に京都精華大学で吉村和真さんと授業をやったときも、「自分が考えていたものを削ってでも、客観的にどう面白いかを優先しなきゃいけない」ということを言ってましたね。


 そこからさらに進んだと思います。普遍的なものに合わせなくちゃいけないし、それに気づく活動でもあるんだよね、マンガを描くことが。自分で普通に考えたら考えつかないような、道理っていうかロゴスっていうか、真理っていったら大げさだけど......ここは真理と言ってしまいましょう。自分が全然気がつかなかった真理に気づく面白さ。描いていくことでまったく新しいことに気づく、すごい面白さ。それもあるから、苦しみより面白さのほうが上回っているんですね。


【「キャラクターが勝手に動く、というのは感じたことがない」――インタビュー後編へ続く!】



『機械仕掛けの愛』業田良家氏インタビュー [前編][後編]



(取材・構成:根本和佳)

【2015/12/30】

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