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佐村河内事件の「ほんとう」が横たわる深みへ。『淋しいのはアンタだけじゃない』/深読み新刊紹介「読みコミ」(10) 【連載】

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発売されたばかりの作品、いま注目したい作品、まだまだ押したい作品......
コミックを長く「店頭」からながめてきた視線で選ぶ、
元・まんが専門店主の深読み新刊紹介。



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第10回 『淋しいのはアンタだけじゃない』第1集 吉本浩二(小学館刊)



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これまで聴覚障害、難聴、失聴というと、耳の聞こえが悪い、あるいはまったく聞こえない状態ということで"静寂"に閉じ込められるようなイメージを抱きがちだったが、実際には激しい耳鳴りの絶えない過酷なコンディションにさらされているケースが多いことを、この作品を読んで初めて知った。それだけではない。聴覚障害者は、そうした自身の"内側との格闘"だけでなく、見た目だけで障害の有無が分からないことから起こる、周囲の人たちとの日常的な齟齬や誤解にも対処しなければならない。聞こえの改善策とされる補聴器を利用しても、言葉の子音が聞き取りにくいうえに、音が響いたり重なったり歪んだりして、まわりの音を立体的にバランスよく知覚できるわけではないのだという。つまり障害者には、健聴者とのコミュニケーション不全という"外側との格闘"もあるのだということ、これもまた読んで初めてその実情を認識できた気がしている。いささか恥ずかしくはあるものの、私のような感想を抱くことになる読者は少なくないのではとも思う。『淋しいのはアンタだけじゃない』はそんな「聴覚」にまつわる"気付き"の扉を開きつつ、それらの事実を手がかりに、世間を騒がせた2012年のあの事件、佐村河内守氏の「ゴーストライター騒動」へとアプローチしていく。



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 佐村河内守氏の「ゴーストライター騒動」といえば、作中にも登場する森達也監督が長期にわたり佐村河内氏の自宅内でカメラを廻し、騒動以降の佐村河内氏の素顔、訪れるメディア関係者の言動などを編み込んだ"ドキュメンタリー"映画『FAKE』が完成し、この6月に劇場公開され注目を集めている。「真実はグラデーションなんです...」とはある映画館の初日舞台挨拶での森監督の言葉だが、真実とか虚偽とか簡単に決めつけ過ぎる風潮に疑問を持つカメラの視点から見えてくるもの(個々の事実の積み重ね)には、それまで多数の人々に信じられていた解釈の枠に収まらない重大な問いかけが含まれていたりもして必見だ。同様の意味で映画『FAKE』があまり触れなかったもの、たとえば耳鳴りのストレスや手話通訳士の派遣問題、伝音性難聴と感音性難聴との違いなどを『淋しいのはアンタだけじゃない』が丁寧に描いていることは、映画『FAKE』が伝え足りていない事実を補完することにもなっている。一方、音楽表現に類する部分やテレビ・メディアの市場原理の露骨さなどの描写には当然映画ならではの臨場感があり、マンガと映画、それぞれの能力を束ねてひとつの事件の"ほんとう"に接近できるというこの構造は、読者(観客)的には実に恵まれたケースだといえる。どちらか一方を見逃すのはもったいない。ただし"ほんとう"がひとつしかないという先入観は邪魔になるかもしれない。何が真実で、何が虚偽なのか? "騒ぎ"とは距離も時間も置いたいまだからこそ、一筋縄ではいかない虚実の深みから汲み取れるものがあるはずだと考える。本来は第2集以降で描かれる展開も含めて紹介すべき作品だとは思うが、単にマンガ原作の映画化とか、映画作品のコミカライズとかとは次元の違うコラボレーションが成立しているレアケースとして、映画の公開時期を逃さずその両方を味わってもらえたらと思う次第。



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(文・南端利晴)

【2016/06/27】

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淋しいのはアンタだけじゃない 1
吉本浩二

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