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感情の流れる様で物語る、小林秀雄と中原中也の青春愛憎劇『最果てにサーカス』/深読み新刊紹介「読みコミ」(11) 【連載】

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発売されたばかりの作品、いま注目したい作品、まだまだ押したい作品......
コミックを長く「店頭」からながめてきた視線で選ぶ、
元・まんが専門店主の深読み新刊紹介。



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第11回 『最果てにサーカス』第1~2集 月子(小学館刊)



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たまには理解を超えて深遠なる"宇宙"を覗き見るのもいいかなと思う。そのために開けられた窓のひとつが文学であり詩なのだ。『最果てにサーカス』はその窓辺まで読者を連れて行ってくれる、ちょっと浮き世離れしたフレンドリーな物語だ。そう、ここに描かれている中原中也みたいな。


「言葉とは神だ。僕たち文士はそれを代弁するだけの道化にすぎない。そして文学とは宇宙だよ。無限なんだよ...」。作中で中原中也が、文学とはなんだ? 言葉とはなんだ? と問いを発し、自ら答えるフレーズだ。関東大震災から2年経った大正14年の春、23歳の東大生・小林秀雄は18歳の天才詩人・中原中也と出会う。人の心を見透かすような洞察力と子どものような行動力を併せ持つ中也を連れてきたのは、肺を病み闘病のために東京に帰ってきた24歳の詩人・富永太郎だった。彼が京都にいるときに知り合い、フランス文学や詩語の使い方を手解きし、それらをみるみる吸収していった中也。富永は小林に、そんな中也の理解者となってやってほしいと依頼する。そしてその中也が見つけて同棲していた"本物の女"、20歳の女優の卵・長谷川康子。本作の主要人物は概ねこの4人。中原中也に内在する圧倒的な才能に翻弄される小林秀雄を軸に、長谷川康子をめぐる三角関係へと向かう頃の、文壇ではまだ無名だった彼らの青春期の愛憎劇が綴られていく。



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一般に、物語における登場人物は、その行動が史実や文献にしばられる実在の人物より、想像上の人物のほうが話を御しやすく、出来事の本質も掴みやすくなるものだが、この作品からは実在であるが故の不自由さ、ぎこちなさが微塵も感じられない。それは、登場人物の多くにどことなく現代にも通じる均質さが感じられる、そんなキャラクター造形によるものだろう。彼や彼女たちは、ある種の安心感の漂う限定された舞台空間にいるように見える。同じ空気を吸い、同じように抗い、同じように求める、同時代を生きる仲間たちの体温が感じられる空間。青春。リアルの中にあってファンタジーに包まれた世界。作中で引用される中原中也の詩がページを満たす時、この突如やってくる巨大な詩的空間の質量をアンバランスに見せないという点で、この作品の素晴らしさが実感できる。そう、説明なんかではなく、感情の流れる様で物語る。テーマなんて抽象的なくらいがいい...とさえ思えてくる。



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人は生まれてきて死ぬだけ。ふと、そんな思いに囚われる。やはり作中に引用される詩の中で「さっぱりとした」という言葉で"死"を詩として捕まえることができる中也。「人間の死なんて所詮その程度だと思うとな...死を前にした俺は妙に...安らかな気持ちになって、救われるんだ...」と富永がいう。中也は幼い頃、弟を病気で亡くし、その不幸が詩に目覚めるきっかけともなった。以来、大事な人がいなくなってしまうことに屈折したトラウマを抱える中也。そこに畳みかけるように小林秀雄と長谷川康子の関係が動く。衝撃に見舞われる中也。物語が大きく展開する今秋10月12日頃発売の第3集が待たれる。



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(文・南端利晴)

【2016/08/ 2】

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月子

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